分子ロボティクスとは

分子ロボティクスは、工学・情報学・化学・生物学の重なり合う領域に生まれた新しい学術分野です。これまでの主に金属の素材を加工して小さな機械を作る方法論とは異なり、分子ロボティクスでは機能を持った生体分子を一から設計し、それらを自己集合させることによりナノメートルサイズの機械を組み上げます。たとえば、人工的に合成したDNA分子でさまざまなかたちのナノ構造を創り出すDNAオリガミや、生体高分子の相互作用を利用して計算をおこなう分子コンピュータ、さまざまな分子をリポソームと呼ばれる人工細胞に詰め込んで機能させる人工細胞工学などが当分野の研究対象です。2020年からは、村田教授が領域代表をつとめる科研費学術変革領域(A)「分子サイバネティクス」がはじまっています。これは、分子ロボティクスの技術をさらに発展させ、化学の力で人工知能を作るという大変挑戦的なプロジェクトです。動き・変形し・計算する分子、ひとりでにできあがる分子機械、「生きている」人工細胞、考える人工細胞、進化する分子システム、そういったものに興味ある人、ぜひ一緒に研究しましょう。

分子のデザインから分子のロボット作りへ


私の専門は「分子ロボティクス」です。この分野はナノテクノロジー、バイオテクノロジー、ロボティクス、これら3つのテクノロジーが重なる領域に生まれました。始まってまだ10年あまりの分野です。めざしているのは分子そのものを設計し、その分子が自らシステムを組み立て、自律的に行動すること。分子そのものを設計するとは、塩基配列を適切に設計したDNAを化学合成することで、これによってDNAが歯車なら歯車の形に折りたたまれ、様々な形状をつくり出せるのです。変化挙動をON/OFFすることに成功しました。この技術は、複雑で機能的な分子システムを構築するための基盤となる技術です。

分子のデザインから分子のロボット作りへ

アメーバ型分子ロボット


センサーやアクチュエータ、論理回路として機能する生体分子デバイスを組み合わせて、特定の信号分子に反応するアメーバ型分子ロボットを構築しました。このロボットは、本体、アクチュエータ、アクチュエータ制御装置(分子クラッチ:DNA製)から構成されています。本体は脂質二重膜からなる小胞(人工細胞)で、アクチュエータはタンパク質、キネシン、微小管から構成されています。このロボットに光を照射して分子クラッチをON/OFFし、ロボットの形状変化挙動をON/OFFすることに成功しました。この技術は、より複雑で機能的な分子ロボットシステムを構築するための基盤となる技術です。

Sato et al., Science Robotics, 2017

自律運動可能な人工細胞


細胞形態の変形や、運動、他の細胞を取り込む貪食などの、細胞の「動き」 は、最も生き物らしい生命現象のひとつです。私たちは、このような細胞機能を人工細胞の形で再現して、その構成原理をボトムアップに理解するとともに、自律運動可能な人工細胞/分子ロボットを創出する研究を行なっています。
 近年、広く研究されるようになった人工細胞は、脂質膜でできた細胞サイズのベシクル等の中に細胞機能の一部を再現し、その構築原理を理解し応用しようという方法論です。純化された条件で構成要素や反応条件をデザインできる一方、従来の系では、均一かつ閉鎖系となる内部の反応をコントロールすることが難しく、細胞運動のような動的なふるまいを再現できないことが課題でした。これに対して、私たちは、タンパク質光操作を応用し、人工細胞内の反応の非対称かつ可逆的な制御を可能にすることで、細胞運動のような動的な現象を再現するための方法を開発してきました。
 細胞の運動を分子で再現できれば、将来的には、免疫細胞のように体内を自律的に巡回する分子ロボットの創出につながると期待されます。また、細胞形態のダイナミクスは生命進化の過程でも大きな役割を担ったと考えられています。人工細胞系で実験的に機能の本質に迫ることで、生命進化の謎にもアプローチしたいと考えています。

合成DNAで作る人工反応拡散系


合成DNAを用いてハイドロゲル中に人工反応拡散系を構築する研究を行っています.反応拡散系の作製には反応や拡散をプログラムできる材料が必要であり,合成DNAはその目的に非常に適しています.これまでの研究では主に反応のプログラムに重点が置かれていましたが,この研究室ではDNAの反応と拡散の両方をプログラム可能な人工反応拡散系の構築手法を確立し,時空間的なパターンの形成を実現しました.
 DNA論理回路による情報処理と高分子を活用した拡散制御技術の組み合わせにより,DNAの拡散源の間に二等分線パターンを形成させることができます.この手法を応用すると二次元空間にボロノイ図様のパターンを形成させることが可能です.さらに, DNAが持つ塩基配列の直交性をうまく取り入れて反応拡散系を設計すると,パターン形成過程を並列化・多段化させ,複数の線が順番に現れるようなにプログラムすることも可能です.
Abe et al., Molecular Systems Design and Engineering, 2019.

Abe et al., Soft Matter, 2021

Lipid-Based Multi-Compartment Structures


 脂質分子を基盤とした膜のコンパートメント(区画化)に注目しています。脂質膜は生命の基本である細胞の内外を隔て、形態と機能とを制御するために不可欠なものです。私たちは、天然と合成の脂質分子を用いて、生物の多細胞組織に似たマイクロコンパートメント構造体をつくりだす手法を発見してきました。この多細胞脂質コンパートメント(MCLC)は、裸眼で見えて手で触れるcmスケールであり、常温で数か月保持する高い安定性や、色素、タンパク質、バイオポリマー等を効率的にカプセル化する能力など、驚くべき特性を示しています。私たちはこのMCLCを、薬剤の貯蔵や刺激応答性の徐放、人工多細胞モデル、バイオミメティック・ソフトロボットの基盤として利用する研究を行っています(右上図)。
 また、同じくマクロスケールに到達する分子ロボットシステムとして、東京大学およびシェフィールド大学(英国)と共同で、自律的かつ高速に運動する化学動力ヤヌス・ミニモーター(右下図)など、多くの共同プロジェクトに取り組んでいます。

Archer, R.J. et al., Langmuir, 2023.